カスコードカレントミラー 

  カレントミラーの精度に寄与する第二の要因は、ミラー元とミラー先の Vds の違いです。これは、回路構成によって決まります。ミラー元とミラー先の MOS のドレイン端子には、同じ回路が接続されるとは限りません(「カレントミラー」の図参照)。異なる回路がつながっていれば、両者のドレイン端子の電圧は当然異なります。すると結果的に両者の Vds が一致しないことになります。ドレイン電流の式は Ids = 1/2 μ Cox W/L (Vgs - Vth)^2 (1 + λ Vds) ですから、λ の分だけ電流値に違いが生じてしまいます。もし λ = 0.1 [/V] であれば、1.0 V の Vds の違いで、10 % もの誤差になります。精度良く電流をコピーすることがカレントミラーの主目的ですから、出来ることなら Vds の違いによって生じるこの誤差は避けたいところです。

  カスコードカレントミラーは、Vds の違いによって生じる電流の誤差をほぼゼロにしてくれる優れた回路です。原理は簡単です。ミラー元とミラー先の MOS の Vds の違いを無くしてしまえば良いのです。NMOS のカレントミラーの場合、ソース端子は GND(VSS)につながっていますので、固定の電位となります。よって、残るドレイン端子に何か回路をつなげて、ドレインの電位を固定することができれば、Vds は一定になります。ミラー元とミラー先の NMOS のドレインの電位を同一にすることができれば、Vds の違いはなくなります。

  ドレイン端子に接続する回路には、もちろん MOSFET を使います。それは、MOSFET が Vgs = Vth + Vov という強力な関係式を持っているからです(「オーバードライブ電圧と入出力範囲」参照)。下図に、NMOS で構成したカスコードカレントミラーの回路図を示しました。

  
  図中の A と B の電位を同一にすることが、この回路の目的です。もちろん A と B をショートさせれば確実に V(A) = V(B) になりますが、これでは電流をミラーすることができず本末転倒です。そこで、MOSFET の Vgs を「橋渡し」として使います。図を見ていただければ分かるように、Vgs3 = Vgs4 であれば、V(A) = V(B) です。このページの始めの方でも示したドレイン電流の式に対して、β ≡ μ Cox W/L とおくと、Vgs = Vth + √(2I/β) と表すことができます。すると、Vth、I、β が等しければ、左上と右上の Vgs は等しくなります。よって、A と B の電位は等しくなり、結果的に左下と右下の MOS の Vds はイコールになります。これで、Vds の違いによってミラー精度を落とすことはなくなります。これが、カスコードカレントミラーの効用です。

  前の記述で、「Vth、I、β が等しければ」と書きましたが、等しくないじゃないか、とお叱りを受けそうなので、一応いい訳しておきます。確かに「カレントミラーの精度」でお話ししたように、Vth は 同一チップ内でバラついてしまいますし、2つの経路の電流値も同一とは言えません。よって、左上と右上の Vgs は確かに異なります。しかしそれは、カスコードではない普通のカレントミラー回路のミラー元とミラー先のドレイン端子に、全く異なる回路を接続することで生じる Vds の差に比べると、微々たるものです。Vds が 1V、2 V と違ってしまうよりもマシです。よって、Vgs の違いが、違う回路を接続することによる Vds の違いよりも小さい限り、カスコードカレントミラーの存在意義は保たれるのです。

  このようにありがたい効能があるカスコードカレントミラーではありますが、上図で示したものと全く同じ回路構成は、最近のプロセスを使ったアナログ CMOS 回路で見かけることは少ないのではないでしょうか。それは、電源電圧が低くなってくると、この回路構成は実用的ではないからです。実用的ではない回路だけを紹介するのは心苦しいので、もう少しだけ、カレントミラーのポイントをお話させていただきたいと思います。

 

 

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