低電圧カスコードカレントミラー 

  単純に MOS を2個立て積みにしただけのカスコードカレントミラー(前のページの図参照)の欠点は、動作できる電圧範囲を狭めてしまうことです。左右の MOS のゲートをつなぐ2つの配線のうち、上側の配線に必要な最低の電圧レベルは、MOS 2個分の Vgs なので 2 Vgs = 2 ( Vth + Vov ) です。仮に、Vth = 0.8 V、Vov = 0.2 V だとすると 2.0 V になります。最近の LSI では、2 V 程度の電源電圧で動作することが求められることも多く、これでは使い物になりません。「低電源電圧ではカスコードカレントミラーを諦め、λ Vds によるミラー精度のずれもやむなし」という状況を打破してくれるのが、低電圧カスコードカレントミラーの回路構成です。消費電流が少し増えてしまうという代償を払うことで、低電源電圧に対応します。

  カスコードカレントミラーの目的は、ミラー元とミラー先の MOSFET の Vds を等しくすることです。もし仮に、カスコードカレントミラー回路を構成する4つの MOS が無条件で常に飽和してくれる、という状況を仮定した場合、下図(左)の回路構成でその目的は達成できます。上の2つの MOS の Vgs を使って、電位が橋渡しされるので、左下と右下の MOS の Vds は等しくなります。ただし実際には、4つの MOS が必ず飽和するわけではないので、4つの MOS を飽和させるための仕掛けを、この回路に追加しなければなりません。

 

  

  左側の MOS が飽和してくれれば、それがコピーされて右側の MOS も飽和しますので、左側の MOS が飽和するような仕掛けがあれば十分です。つまり、確実に Vds > Vov を満たすように、M1 と M3 の Vds を決めれば良いのです。M1 と M3 のドレイン端子の電位を固定するためにはどうしたら良いのでしょうか?とにかく、電位がはっきり分かっているノードと配線でつないでしまえば良いのです。その1つの解答が、前のページで紹介した回路構成です。しかしこれでは、ダイード接続が2つもあるために、低電源電圧に対応できない、という事情がありました。そこで、上図(右)の配線 A のように、MOS を1個とばして接続します。V(A) = Vth + Vov1 ですので、これで電源電圧が Vth 2個分以上の制限を受けるという事態は避けられます。この配線によって、M3 のドレイン電位は固定できました。そして V(A) に関して、M1 と M3 が飽和するために必要な条件は、V(A) = Vth + Vov1 > Vov1 + Vov2 で、変形すると Vth > Vov2 となります。この条件は、よっぽど Vth が低い MOS を使わない限り、余裕でクリアできると思います。

  問題は、M1 のドレイン電位です。配線 A だけでは M1 のドレイン電位ははっきり決まりませんので、何らかの対策が必要です。そこで、配線 B の出番となります。Vgs3 = Vth + Vov3 という強い関係式がありますので、V(B) が決まれば Vds1 = V(B) − ( Vth + Vov3 ) と、 M1 のドレイン電位は一意に決まります。M1 が飽和するために必要な条件は、Vds1 > Vov1 ですので、V(B) − (Vth + Vov3) > Vov1 となり、変形すると V(B) > Vth + Vov1 + Vov3 です。一般的には、M1 と M3 のサイズ(W/L)を等しく設計しますので、ドレイン電流が等しいことを考慮すると Vov1 = Vov3 です。よって条件式は、V(B) > Vth + 2 Vov1 となります。この条件式を満たす V(B) 電位を生成する方法は1つではないと思います。しかしこの条件式の右辺が Vgs の関係式と極めてよく似ていることを考えると、MOS の Vgs をそのまま利用するのが最も楽な設計方法であると自然に思いつくのではないでしょうか。そこで、5番目の MOS(M5)の登場となります。上図のように、カレントミラーのミラー元の経路の電流値と同じ電流をダイオード接続した M5 に流します。バイアス電流の経路が1パス増えるために、その分だけ消費電流が増えてしまうのが、この回路構成のデメリットです。新たに追加した M5 の W/L を他の MOS の W/L の 1/4 にする、という謎の記述は参考書等の色々なところで目にするとと思いますが、これが低電圧カスコードカレントミラーの理解の妨げになっているようです。

  M5 の W/L を M1 の 1/4 にする理由は、これまでお話してきた内容が理解できていれば、簡単に導くことができると思います。Vgs5 = V(B) ですので、Vgs5 > Vth + 2 Vov1 です。Vgs5 = Vth + Vov5 の関係式を使うと、Vth + Vov5 > Vth + 2 Vov1 となり、Vth を消去して Vov5 > 2 Vov1 が得られます。ここでドレイン電流の式 Ids = 1/2 μ Cox W/L (Vgs - Vth)^2 (1 + λ Vds) = 1/2 μ Cox W/L Vov^2 (1 + λ Vds) から、Vov = 1/√(W/L) x √(2/(μ Cox (1 + λ Vds)) というオーバードライブ電圧の式を作っておきます。Vov5 > 2 Vov1 (M5 のオーバードライブ電圧を M1 の2倍以上にすればよい)は、1/√(W/L) (@ M5) > 2 x 1/√(W/L) (@ M1) となります。式を変形して、W/L (@ M5) < 1/4 x W/L (@ M1) です。よって、M5 の W/L は M1 の 1/4 以下にしなけれいけないという、低電圧カスコードカレントミラーの謎が解けました。

  参考書によっては、「M5 の W/L を 1/4 にする」のように、ぴったり 1/4 でないといけないかのように書かれているものがありますが、実際には「1/4 以下」でさえあればよく、ぴったり 1/4 でなければいけないというわけではありません。前の段落では説明を省略しましたが、M1 と M5 の μ Cox にはほとんど差がないにしても、Vds は無視できないくらい違います。Vds5 = Vgs5 = Vth + Vov5、Vds1 = V(B) − (Vth + Vov3) = Vth + Vov5 − (Vth + Vov1) = Vov5 − Vov1 であるため、Vth + Vov1 > 0 である限り、Vds5 > Vds1 になります。これと Vov の式を見比べると、M5 の W/L を 1/4 にしただけでは不十分なことが分かります。実は、1/4 ではぎりぎり飽和の条件を満たさないのです。よって、電流の精度が重要な場合には、1/4 ではなく、1/5 あるいは 1/6 と、もう少し M5 の W/L の比率を M1 よりも小さくしておくのが無難です。

  この低電圧カスコードカレントミラーの説明では、Vgs = Vth + Vov と Vds > Vov の式が何度も出てきて、少し面倒な計算が続きました。人の書いた文章を読んだだけではなかなかすっきり理解できないと思いますので、1度自分でノートに計算過程を書いてみることをおすすめします。1つ1つの計算はとても簡単ですので ^ ^;

 

 

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