飽和と非飽和、弱反転と強反転 

  一般的なアナログCMOS回路を設計する限り、覚えるべき MOSFET の動作領域は、「飽和領域」です。CMOS の勉強を始めたばかりの頃は、Ids の飽和領域の式だけを覚えておけば、勉強を進めることができます。ただしそうは言っても、全ての領域を理解しておいた方が、シミュレーションで予想に反した結果が出た時にその原因をいち早く発見することができて、設計が速くなります。

  MOSFET の動作領域は、大きく3つに分けられます。「弱反転領域」、「非飽和領域」、「飽和領域」です。これは、Vgs と Vds によって定義されています。それぞれを軸にとって表現すると下の図のようになります。これはとても重要な図だとは思いますが、残念ながら参考書にはあまり載っていないようです。

 

 

  Vgs の大きさによって決まるのは、「弱反転領域」であるか「強反転領域」であるかです。Vgs < Vth なら弱反転、Vgs > Vth なら強反転、ただそれだけのことです。一方で、Vds の大きさによって「非飽和領域」か「飽和領域」かが決まります。こちらは少し面倒で、条件式の中に変数である Vgs が含まれてしまいます。すなわち、Vds < Vgs − Vth なら非飽和で、Vds > Vgs − Vth なら飽和です。面倒ではありますが、分からなくなったら上の図をメモ用紙に描いてみると頭を整理できます。このように、MOSFET に与えられている電圧からどの領域に属するか簡単に選別することができます。しかし重要なのは、それぞれの領域の特徴をシンプルに理解しておくことです。人に聞かれた時に、一言で説明することを目指すと良いでしょう。

  弱反転領域は、「ドレイン電流がほぼゼロ」と覚えて下さい。当分はこの理解だけで十分です。ただしこれだけでは寂しいので、一応もう少し補足します。Vgs < Vth では、ドレイン電流は Vgs に対して exp で増加します。これはサブスレッショルドリーク電流と呼ばれます。通常のアナログ回路の設計では、無視できるレベルの電流値です。しかし、数十 nm の最新プロセスを使ったデジタル回路では、全体の消費電流に対して数十%に及ぶこともあり、無視できません。また、DRAM のように容量に電荷を保持しなければならない回路では、このサブスレッショルドリーク電流によって、データ保持時間が短くなってしまいます。さらに、ドレイン電流が exp で急峻に増加する特性をアナログ回路に応用することもありますが、ごく稀ですので、よほどのことがない限り覚える必要はありません。

  非飽和領域は、「ゲインが小さく不利であるため、増幅を目的とするアナログ回路では使わない。一方で、ON 抵抗が小さいというメリットがあるため、大電流を出力するドライバや、スピードを重視するデジタル回路では、出来るだけ活用するようにする」と覚えて下さい。前半の文章の、アナログ回路で非飽和領域を使わないことについては、以前書いたページを参照下さい。後半の文章で、「出来るだけ活用するようにする」と書いたのは、非飽和領域だけで動作させることができる回路はアナログスイッチくらいで、ほとんど存在しないからです。信号の電位が遷移する過程で、どうしても飽和領域と非飽和領域を行き来してしまいます。例えば、PMOS1個とNMOS1個から成るインバータを思い浮かべると簡単です。入力を Low から High にゆっくり遷移させていくと、出力が High から Low に変化するのにつれて、PMOS の動作領域は、弱反転、飽和、非飽和と変化していきます。もし、出力が High から Low になるスピードを高めたいと思ったら、NMOS の W/L を大きくとり、非飽和領域が占める割合を増やすとよいでしょう(バランスは悪くなりますが)。

  最後の飽和領域については、「アナログ回路はとにかく全ての MOS を飽和させる」と覚えて下さい。大雑把に言って、同じレイアウト面積や消費電流でも、これが成り立つ回路の方が増幅器として優れていると言えます。これも以前書いたページを参照下さい。  

 

 

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